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欲しいモノを買うための労働をしてるだけで偉そうにするな

物欲のイラスト(男性) | かわいいフリー素材集 いらすとや

欲しいモノを買いたいなら金を稼ぐのは必然

 欲しいモノを金で買おうとすなら、そのモノの価格分の金が必要だ。100万円で売ってるものを買おうとするなら、100万円は必要になる。

 金が必要になれば、金を手に入れる必要がある。大抵の場合は、自分の時間と能力と体力を他人に買ってもらって、金を手に入れる。この取引は、「労働」という形にラッピングされていて、売っている方も買っている方もその中身については厳密に考えていない場合が多いが、やっていることはそういうこと。

 金が金を産む、いわゆる「資産」を持っていない者は、自分を売るしかない。その自分を売る行為は「労働」と呼ばれている。

 

少なくとも欲しいモノを手に入れるための労働をすることは偉くもなんともない

 「労働」をしていると、そのことを他人に偉ぶる愚か者がいる。家族の中で働いているヤツがなんだかデカい面をしていることはないだろうか。たかだかテメェの欲しいモノのために金が必要で、かつ、資産を持っていないから仕方なく他人様に自分を買ってもらってるに過ぎない貧乏人が、たまたま自分を買ってもらえて、金を手にした途端に、その行為を持って他人に偉ぶる。「俺は働いてる」と。

 これはよく考えてみれば、自分が自分の欲しいもののために、仕方なくやっていることだ。原因は欲しがった自分にあり、その責任をもってお金を支払うのも自分だ。全ては自分が蒔いた種。

 こういう場合においては、「労働」は自分の欲望を叶えるための手段なので、そこでいかに苦労しようが他人には関係ない。そんな関係ない他人に偉ぶるのはおかしい。

 例えば、私がPS5が欲しくて働いていたとする。その過程の労働をあなたが自慢されたらどう思うか。「知らねぇよ!」と思うだろう。「勝手にやってろや。」と思うだろう。それは当然だ。私の欲望はあなたとはなんの関係もない。

 

結局、「お前が欲しがるから、その代償として働いてる」だけのこと

 結局、「労働する」こと事態に価値はない。その結果得られた金を自分にとって最高の形で使うことで初めて、自分が幸せになれる。そうしたら自分にとっては結果として「労働」は価値があったと言える。その副産物として他人も幸せになるかもしれないが、それはあくまでおまけである。

 何かを欲しがって、それを満たす方法を探して、そのために必要だから「労働」する。そうやって金を手に入れたらそれを使って自分が幸せになる。

 こういう自分発で自分着の行為が「労働」なのである。だからそれをやっているからなんなのか、他人には関係がないし、なんとも思わない。

 しかし、労働していることを褒めてもらいたい人は大勢いる。そういう奴らは労働が自分にとって、また他人にとってなんなのか分かってない。結局、自分のための労働なんて、大したことないのである。少なくとも他人にとっては本当に取るに足らない。そんなものを日々苦労してやっているからといってデカい面してはならない。全ては自分のためなんだから。