- 問題の記事
- 「自分が欲しいものが買えないのは日本に問題があるから」という論調があまりに多い
- 「買える人はちゃんと買えるし、買えない人は一生買えない」
- なんで誰もが「欲しいと思ったら手に入る状態」が当たり前だと思うのか
- 自分の収入に合わせて欲しいものを選ぶのは当たり前
- 無理して手に入れようとした人がちゃんと不幸になる
問題の記事
そもそも比較がおかしい
上記の記事では、「年収520万円で片働き3人暮らしをする家庭」と「年収960万円の共働き4人暮らしをする家庭」を並べて、「今の日本は1,000万円あっても満足に暮らせない」と無理なことを言っている。
収入だけでなく支出も同じ条件じゃなきゃ「1,000万円あっても〜」なんてことは言えない。上記の比較じゃ、どっちも家族構成にしては世帯収入だけが概ね倍くらいの2つの家庭が並んでるだけで、比較して何かがわかるようなもんではない。
普通に考えて、人数が多い家族ほど多くのお金がかかるものである。さらに住宅ローンや、教育費の想定によっていくら必要なのかは異なる。世帯年収だけで単純に比較することはできないのである。
なので、比較するなら同じ支出で、「世帯収入だけ1,000万円の家庭」と「そうでない家庭」を比べないと、「今の日本は1,000万円あっても満足に暮らせない」という結論にはならない。
「自分が欲しいものが買えないのは日本に問題があるから」という論調があまりに多い
上記の記事だけではなく、「自分が欲しいものが買えないのは日本に問題があるから」として、現代日本社会に文句をつけるだけのクソ記事が本当に多い。
これらのクソ記事を書くやつの根底にあるのは、普通に会社で働いていれば、「新築戸建て」、「子供」、「新車」、「お金に不自由しない老後の生活」が当たり前に手に入るという思い込みだ。
思い込むのは個人の自由だが、その思い込み通りに事が進まなかったら日本社会に文句を垂れるのはおかしいし、生産的じゃない。
だって文句を言って回っても何も変わらないし、その思い込みは実現されないわけなのだから。「可哀想だから買ってあげよう」なんてことにならないんだから。
「買える人はちゃんと買えるし、買えない人は一生買えない」
今の日本でもみんなが欲しがる、「新築戸建て」、「子供」、「新車」、「お金に不自由しない老後の生活」を手に入れられる人はちゃんといる。
その人は運が良かっただけかもしれないし、信じられないような努力をしたのかもしれない。
とはいえ、手に入れられる人はちゃんといる。
欲しいものが手に入れる条件が一昔前と比べたら難しくなったのかもしれないが、それは仕方がない。
人間社会は日本、引いては世界中を巻き込んでの「リソースの奪い合い」なのだから、欲しがる人がたくさんいるものは手に入れるのが難しくなるのは当たり前のこと。
現に人類は今日も世界規模で「お金」、「エネルギー」、「食料」など、あらゆる「数に限りがあるもの」を奪い合っている(それが「合法的」とされる取引だったとしても)ことはニュースでも見ればすぐにわかるだろう。
そしてみんなが欲しがるものは、それを手に入れる力のある者だけが手に入れることができるのである。
世界でも、そして、当然、日本でもそれは同じ。
手に入らなかった人は手に入れる力がなかっただけの話である。
そういうことである。
なんで誰もが「欲しいと思ったら手に入る状態」が当たり前だと思うのか
力がなければ手に入れることはできない。
この当たり前の前提を理解できていない「頭の中がお花畑な人」にとっては、欲しいものが当たり前に手に入らないことは異常事態なのだろう。
なんでこう思ってしまうのか。
自分の収入に合わせて欲しいものを選ぶのは当たり前
欲しいものを手に入れるための力は、誰でも身につけられるものじゃない。
しかも、欲しいものを手に入れるために必要な力は、それを手に入れようとしている人の力と相対的な関係にある。
競争相手が弱かったり、少なかったりすれば、必要な力は大したことないが、誰もが憧れるものを手に入れるには、もしかしたら世界トップレベルの力が必要になるかもしれない。
大事なのは、自分の欲しいものが自分の収入(つまり力)に合っているのか、をよく考えることだ。
手に入らなければきちんと諦める。もちろん、力をつける努力ができるならやったっていい。
自分の力で手に入る範囲のものだけを欲しがれば、不幸な思いをしなくて済む。
無理して手に入れようとした人がちゃんと不幸になる
欲しいものを手に入れる力のないザコが、無理して手に入れようとすると、きちんと不幸になるように、この世界はできている。
例えば、大した収入もないやつが35年ローンで新築一戸建てを買う。
当然、大した収入もないということは、大したスキルがないということである。
そして、大したスキルがないことは職を失うリスクが高いことを意味する。長期で高額な住宅ローンを組んでしまえば、少なくとも35年間は職を失うと損失しかないし、その35年間に受けるプレッシャーは半端じゃないだろう。
職を失うリスクが高いのに失ったら大きな損失を被るのだから。
無理して他人の力を借りて欲しいものを手にいて、こういう苦しい状況になってしまった人が上記の「問題の記事」で苦しみを叫ぶらしい。
今、自分の力だけで手に入れることができないものは、手に入れようとしない。
これが不幸にならないための、忘れてはならない原則である。
大丈夫、無理して買わなきゃ不幸になるものなんてほぼないから。
手に入らないことを無意味に嘆くより、不幸にならない磐石な考え方の土台を作ることに時間を使いたいものである。