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デバフ満載の妻を救う作戦

ガッツポーズのイラスト(会社員) | かわいいフリー素材集 ...

 

妻はデバフが満載

デバフはバフの対義語で、ゲーム内においてキャラクターの能力を弱体化させること、または弱体化させる効果のことです。 バフが自分や味方のキャラクターの能力値・ステータスを上昇させるのに対して、デバフは相手のキャラクターの能力値・ステータスを悪化させて弱体化させ、有利な戦況に導きます。

出典:

バフ・デバフとは?よく使われるゲーム用語の意味を解説 | ゲーム情報局

 

 妻はいろんな「デバフ」が付いている。

 現時点で判明しているデバフは以下の通り。実際にはこれ以外に様々な不調がある。

ADHD

 注意欠如・多動症ADHD)とは、発達水準からみて不相応に注意を持続させることが困難であったり、順序立てて行動することが苦手であったり、落ち着きがない、待てない、行動の抑制が困難であるなどといった特徴が持続的に認められ、そのために日常生活に困難が起こっている状態です。12歳以前からこれらの行動特徴があり、学校、家庭、職場などの複数の場面で困難がみられる場合に診断されます。

出典:

ADHD(注意欠如・多動症) | NCNP病院 国立精神・神経医療研究センター

 

 心療内科にて受けたADHDの検査にて、「その疑いアリ」との結果が出ていた。

 日常生活においても、特に「順序立てて行動することが苦手」ということが目立つ。

HSP

HSPは、米国の心理学者であるエレイン・N・アーロン博士が提唱した心理学的概念で、神経が細やかで感受性が強い性質を生まれ持った人のことです。

出典:

心が疲れやすくて生きづらい…それは「HSP」かもしれません | 睡眠・休息・メンタルケア | サワイ健康推進課

 

 これは専門機関の診断があったわけではない。なんとなく心療内科の先生との雑談の中で「可能性アリかも」と言われたに過ぎないが、言われてみればそんな感じがする。

 これがあると「傷つきやすい」らしい。

 妻の場合、第三者からすると、「傷つきやすい人」ではあるが、その原因に「思い込みが強い」ということがある気がしている。

 それが「繊細だから」なのかはよくわからない。

睡眠障害

睡眠障害とは睡眠に何らかの問題がある状態のことです。 睡眠は心身の回復、記憶の定着、免疫機能を強化する働きがあります。 睡眠が障害されると日中の活動へ支障をきたし、心身の健康に影響します。 また、日中にみられる睡眠障害の症状から事故につながることや、生活習慣病うつ病のリスクも高くなることがあります1)

出典:

睡眠障害とは | 健康長寿ネット

 

 これは心療内科にて診断済みで、病院から睡眠導入剤の処方を受けている。

 実際、夜から朝までの睡眠で2~3回は覚醒してしまうらしい。

 これにより、体の疲れは取れないし、睡眠によって記憶が整理されないため、「どうでもいい小さい嫌だったこと」がずっと忘れられないらしい。ゆえに、朝から気分が落ち込んでいることが多い。

妻にとっては「しなきゃ」が最優先

 少なくともわかっているだけで上記の「デバフ」が付いている妻は、自分に厳しい。

 「会社のルールだからやらなきゃ」、「大人なんだからやらなきゃ」、「友達なんだからこうしなきゃ」、「嫌われたくないからやらなきゃ」など、妻はさまざまな「やらなきゃ」に支配されている。

 しかし、それらの「しなきゃ」をやり遂げる力は、妻にはない。

 いつも体調は万全ではないし、人とやり取りをするには不利な「デバフ」がつき過ぎている。

無理をすると心と体が壊れる

 しかし妻は「しなきゃ」と思い込んだことを、無理をしてでもやろうとし、そしてやり遂げられないと自分を責める。

 こうしてさらに心と体が壊れていく。

 ここ2年くらいはずっとそれの繰り返しで、明らかに心身ともに壊れてきた。なので最近になって心療内科に行きはじめたということがある。

一旦休んでもらう

 妻を「しなきゃ」から一旦遠ざけて、体制を立て直したいと思っている。

 妻にかかった「デバフ」はきっと一生取れることはない。あってもきっと「寛解」するくらいで、「しなきゃ」が発生する環境に戻ればすぐに「デバフ」が有効になる。

 なので、今後は「しなきゃ」をいかに発生させないで生きていくか、ということを軸に妻の生き方を設計していく。

 そのために一旦、休職して心身ともに回復した後で、妻の「デバフ」を前提とした生き方を一緒に考えていこうと思う。

そして筆者はこの「しなきゃ」に縛られている

 現実問題として、妻をサポートする「しなきゃ」をしないわけにはいかないので、しょうがないけどね。他にできる人が周りにいるわけでなし。

 妻は「非常に警戒心の強い野生動物のようなもの」なので、日頃から関わりが浅い筆者の家族に頼ることはできないし、妻の家族は全員が週6の重労働をしているので、妻に構っている余裕はない。(なんで週6も労働する必要があるのかは謎。きっと借金とかかな。)

 なので妻を助けられるのは筆者しかいない。なのでこの「しなきゃ」に縛られるのは必然である。当事者である妻は「混乱」しているので、助けを求めるための方法を調べるのも健康である筆者しかできない。

泣きつかれることはあっても、泣きつくとはできない

 今は泣きつく必要がないから問題ないが、いつか誰かに泣きつきたいときに、そんなことができる相手がいないというのは、今の筆者の弱点である。

 今後も泣きつく必要を作らないように、「ミニマムな生活」でお金を用意しておく一方で、泣きつける誰かに出会えることを祈って、人間社会との交流をストレス許容範囲内で続けていくことも必要だと思った。

 これが今囚われている「しなきゃ」。