記事を書きっぱなしでは、せっかくの気づきを忘れてしまうので、1週間ごとに振り返るようにしてみる。
「もうずいぶん長いこと就活をしているな」と思っていたが、本格的に面接やら書類選考が始まったのは先週だったのか。。
就活に関連して、結局のところ、「ブランクがある」とか「体力や家庭環境によって働き方を調整する」とかってことをやり始めると、企業や転職エージェントの都合と合わなくなって就活が厳しくなるって話。そこから脱却するにはお金や人間関係、生産能力なんかの「後ろ盾」が必要だから、今後もお金を貯めるってことをベースに、会社依存な人生から脱却していかなければならない、と思った。
「働き始める前にもう体力が崩壊している」。これは多くの通勤労働者が無自覚に抱えている問題だと思う。筆者も、職業訓練校への登校という無意味な通勤を朝イチからやっているが、実際にはほとんどがリモートで完結する内容で、通学の意味はまるで感じられない。
エッセンシャルワーカーの方々など、「本当に必要な人」が快適に通勤できるようにするためにも、それ以外の業務はもっと徹底してリモートにすべきだと思う。「その仕事、本当に朝イチから出社してまでやる価値ありますか?」と、すべての労働者が一度立ち止まって本気で考えたほうがいい。
就職活動で「大量の求人に目を通し、条件を絞ってエントリーする日々」の中、ミスマッチが増えるのは当然であり、それは「泥水をろ過してきれいな水を得るようなもの」だと思った話。こちらが求める条件が「世間的には厳しいモノ」なのでミスマッチが増えるのは当然である。恋人探しと同じく、こういうのは条件を定めたらあとはマッチ回数を積み増すのが勝ち筋だと思っている。
筆者は35歳になり、「集中力が持たない」、「脳がスタミナ切れを起こして動けなくなる」といった、加齢による頭脳の疲労耐性の低下を実感した。これは今後仕事をする上でも気にしなきゃいけない概念なので気を付けていきたい。
一方で、世の中のテンプレ通りに生きていると35歳は圧倒的に負荷が高まる年代だと思う。家、車、子供など大きな支出は30代にするものと相場が決まっている。が、この年代になって20代との比較では明らかに体力が落ちていることを痛感している。負荷は高まるのにやることは増えるという無理ゲー構造を改めて思い知ったので、筆者は世の中のテンプレに今後も背を向けて生きていく。。