「日本人ファースト」にすがる父から考える、老いとネット右翼の関係

 筆者の父は76歳。先の参院選から参政党を支持し、「日本人ファースト」を掲げて過激なコメントをネットに実名で投稿するのが日課になっている。ちなみに実名のままなのは、単にGoogleアカウントの設定方法がわからないからであって、「新聞記者の署名記事」みたいな意図があるわけじゃない。

 

 身内がそうした活動にのめり込む姿を見るのは、正直つらい。父は体系的に歴史を学んだ経験もなく、ファクトに基づいて現在や未来を考えることもできない。というより、そうする必要があることすら思っていない。実際にやっているのは、誰かが編集した動画を見て感情的に反応しているだけだ。そんな人間が「日本人」という大きな看板を掲げて戦う姿は、滑稽というより、現実から目をそらしているようにしか見えない。

 

 背景にあるのは、父が抱える「圧倒的な不自由さ」だと思っている。お金がない、人間関係も人望もない、年齢ゆえに体力も衰えている。それでもプライドと物欲だけはガッツリ残っている。『日経ダブルインバース』に全財産を突っ込んで資産を大きく減らした一方で、欲しい車の話を延々と繰り返す。でもそれはおそらく一生手に入らない。お金は溶けてしまったから。母との関係も悪化し、友人も多くは他界している。新しい人間関係を作ろうにも、高すぎるプライドが邪魔をしてうまくいかない。孤立は決定的になっているのだ。そんな現実を直視するのはあまりに苦しいからこそ、「日本人」というアイデンティティにすがりついてストレスを発散しているんだろう。

 

 ただ、調べてみるとこれは父だけの特殊事情ではないらしい。社会全体を見ても、高齢男性がネット右翼化しやすい構造はいくつか指摘されている。

 

 第一に、孤立と孤独。仕事や地域活動から退き、人間関係が先細りする。

 第二に、経済的不安。年金や資産の不足が「自分は損をしている」という相対的剥奪感を生む。

 第三に、情報リテラシーの世代差。テレビを盲信してきた世代は、その姿勢をネットにもスライドさせやすい。筆者らの世代は「ネットの情報は疑え」と教育されてきたけれど、そうした訓練がなかった世代だ。

 

 父のような金のない暇な高齢男性にとって、ネットは「低コストで没頭できる娯楽のひとつ」であり、一度ハマればアルゴリズムに導かれるまま過激なコンテンツを摂取してしまう。そこに個人としてのプライドを支える根拠の喪失が重なれば、空虚なプライドを埋めるように「日本人」として誇りを回復しようとするのも不思議じゃない。

 

 もちろん、「日本人として社会をよくしよう」と考えること自体は否定しない。でも、それを現実逃避の道具として使うのは賛成しない。そんなことをすれば、むしろ攻撃的な態度で周囲を遠ざけ、自分の状況を悪化させてしまう。ネット右翼的な活動は一時的な高揚感をもたらすかもしれないけれど、人生の自由を取り戻す助けにはならないのだ。

 

 だからといって、父を変えたいとも思わない。そんな余力もなければ、精神的な介護役を担う気もない。ただ、これは貴重な学びの機会ではある。この「現実逃避型の愛国心」がどんな結末を迎えるのか、近くで観察させてもらおうと思っている。

 

 あ、でも書いてて思いついた。そんな父に『ようこそファクトへ』を読ませてみようっと。何かが変わるかもしれない。もし一緒に面白がってくれる方が居たら以下からご支援いただきたい!

 

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参考:

journal.ridilover.jp

ssl.net-literacy.org