- いくらであってもお米を買うならそのうち「転売価格」が定価になる
- 学校に行くのに使うエネルギーはでかい
- レンチンご飯は確かにある
- 使うならモノはあってもいいと思う
- 環境を変えられる余地があることは素敵
- お金、時間、人間関係、心身の健康という4大リソースが大事
- 筆者もお米コーナーは見なくなった
- 続きが気になる展開
- 個別株へのフルベットはすごい
今週のお題「お米買えた?」
いくらであってもお米を買うならそのうち「転売価格」が定価になる
お米市場において、供給不足や需要増加などの要因で一時的に価格が高騰して、その高騰した「転売価格」が新たな基準として定価になる可能性がある。一旦冷静になって、「この値段なら買わない!」というラインを自分の中に持っておかないと「同じ質のモノ」をただ高く買うことになる。
しかし、何にでも値段がつく社会では気を抜くと必需品も手に入らなくなることがあるから怖い。平時でも必需品は自分で作ったり、コミュニティ内でシェアできるようにしておかないと、生きていくコストがひたすら上がり続ける人生になる。
今から手を打とう。
学校に行くのに使うエネルギーはでかい
筆者も子供の頃は1日3食で4時間おきに空腹になってた。しかし、これってもしかしたら学校に行ってたからかもしれないと思った。疲れるもんね。
レンチンご飯は確かにある
まぁ値段が高いし、まだ一般家庭はレンチンご飯を自分で炊く白米の代わりにするという状況にはなってない模様。レンチンご飯も無くなってきたらいよいよ備蓄枚の放出か?
使うならモノはあってもいいと思う
たくさんモノを持っててもそれらを使い続けて余計に買い足さないならそれはそれでよさげ。市場の品不足や家計の悪化にも対応できるから。
環境を変えられる余地があることは素敵
筆者は55平米のスペースに家族6人で住んでいたので、家族とはしょっちゅう衝突していた。しかし子供だったので「しばらく別の場所に行く」なんてことはできなかった。結局、今も家族同士は結構仲が悪い(というか無関心)。もし家族全員が心に余裕を持って暮らせてたら関係性も違ったのかもしれないと思った。
お金、時間、人間関係、心身の健康という4大リソースが大事
お金と時間への意識は世の中を見ているとなんとなくわかる。「コスパ」とか「タイパ」とかいうもんね。しかしそのほかはどうだろうか?お金と時間だけじゃまともに生きていけないんだよなぁ。病気とか孤独になったら「コスパ」も「タイパ」もないって話。
筆者もお米コーナーは見なくなった
お米コーナーを頻繁に覗きに行くと、「あればいくらだろうと買ってやる!」って気持ちになるから。卸売業者の思い通りにさせないように毅然とした態度でいてやろうと思う。
続きが気になる展開
隠し事をし続ける辛さはわかる。。
個別株へのフルベットはすごい
筆者なら怖くて夜も眠れないね。。しかしリスクのリターンは表裏一体。