- 一人一個の時代からみんなで一個の時代へ
- 叩いても良い属性がいると言う不思議
- 名前で味が連想できる不思議
- 「老後の資金=2000万円」と雑に解釈する人々が問題
- 好みの前に土台を大事にしたいと思った
- 狼狽売りした人から何が得れるかを考えたい
- これは目が離せない
- 都内は店の新陳代謝が激しい
- 「プロフェッショナル」は集中投資かも
- これはいいかも
- 長文には新聞みたいな「見出し」が必要なのかも
一人一個の時代からみんなで一個の時代へ
先日、ブルックリンにいる従兄弟の生活について話を聞く機会があった。どうやら従兄弟の住んでいる地区では、「通貨と労働のハイブリッド払い」や「地域内物々交換ネットワーク」など、お金で全てを解決しないスタイルで生活するのが当たり前らしい。
これはインフレが激しいアメリカだからやらざるを得ないことなのかもしれないが、これからの世界はこれが当たり前になっていくような気がした。そもそもお金はモノやサービスを手に入れるために使うには効率が悪い。稼いだ時、使った時にそれぞれ税金が取られるし、お金自体に信用があるので取引を重ねても個人に信用がたまらないから、取引を通して関係性が発展しない。
今一番最適な方法で生きていけば無用な不幸は避けられる。自分専用の新品を買って、それを自慢して生きていくんじゃなくて、必要な時に必要な分だけ手に入れて、余った分はシェアしたり中古市場に放流したりすれば、そんなにたくさんお金はいらない。
叩いても良い属性がいると言う不思議
「おっさん」に近い不条理さが「チー牛」にもあると思った。
名前で味が連想できる不思議
美味しそうな名前ってあるよね。
「老後の資金=2000万円」と雑に解釈する人々が問題
自分の家計簿からいくらかかるのかを判断するのが大事。人によって使うお金が違うのは明らかなので。
そう言うことをせずに、誰かが言ってたことを雑にリピートする人たちが「老後の資金=2000万円」を「あたりまえ」にしている。迷惑な話である。せめて元ネタになった「雑なアンケートで集めた雑な調査」を見るくらいはしてほしい。
好みの前に土台を大事にしたいと思った
「価値観は人それぞれ」とは言う時の「価値観」という言葉は「好み」と置き換えられる場合が多い気がする。置き換えても成立するのでその場面では問題じゃないが、「価値観」という言葉を使ってしまうとそれが一番大事なもののように錯覚してしまうことがあるので怖い。
どちらかと言うと「価値観」は「優先順位」という言葉に置き換えて使った方がしっくりくる気がする。「好み」で行動する前に自分の人生に余裕を持たせるための「優先順位」を考慮しなきゃいけない人の方が、世の中には多いと思う。
狼狽売りした人から何が得れるかを考えたい
筆者の持ってる株もおそらくこんな値動きをしてるだろう。とはいえ、今すぐに使うお金を運用してるわけじゃないから、短期的にはいくらになろうが構わない。
むしろ今は買いたい。売る人が増えれば価格は下がるから、もっともっと下がってくれれば筆者がたくさん買いまする。
これは目が離せない
夫は、もう愛人作ってもいい、自分はATMでいい、だから1人にしないでくれと懇願していた。
筆者はATMになるくらいなら1人がいいと思うけど!
mizukinokimochi.hatenablog.com
都内は店の新陳代謝が激しい
なので筆者の地元には既に「昔通ってた店」は存在しない。まぁ実店舗で買い物をすることがほぼない筆者みたいな人間が実店舗の閉店を加速させているのだが。。
「プロフェッショナル」は集中投資かも
筆者も仕事の「プロフェッショナル」に憧れているが、これは株式における集中投資のようなものかもしれない、と最近は思っている。一途に買って、当たればでかいけど、需要が無くなればゴミ同然。
それよりも「百姓」のようにどんな仕事でもやるってスタイルは分散投資的で、食いっぱぐれることはなさそうだと思った。
これはいいかも
装着感次第では良さそう。他にもいろいろ工夫できそう。
長文には新聞みたいな「見出し」が必要なのかも
「読解力の低下」もあるかもしれないが、そもそも「全部読む気がない」のかもしれないと思った。文章はコミュニケーションのツールなので、書き手が「ちゃんと読めよ!」と文句を言ってもしょうがない。「長いから嫌だ!」と言われればそれまで。
新聞の見出しのような簡潔さと短さが「いい文章」とされる時代はすぐそこなのかもしれない。