- 結論:あえて暗いニュースを探して世の中を憂う暇があるなら、自分の人生をより良くするためにその限られたリソースを使って考えて行動しろ!
- 「ニュース」と呼ばれているモノのほとんどがあなたと関係ないし、それを知ってもあなたの人生を少しも良くしない
- 「時間」と「意識」は無限に使えるリソースではない
- 「時間」と「意識」を使うべきことはたくさんある
- 「自分の人生をより良くすためにすること」に「時間」と「意識」を使うということの具体例
結論:あえて暗いニュースを探して世の中を憂う暇があるなら、自分の人生をより良くするためにその限られたリソースを使って考えて行動しろ!
これがこの記事の結論。
「ニュース」と呼ばれているモノのほとんどがあなたと関係ないし、それを知ってもあなたの人生を少しも良くしない
「〜が殺された」、「〜が不倫した」、「〜が病気になった」、「〜が問題発言をした」などなど。
「ニュース」と呼ばれるものは大体こんな、「だれかが何かした情報」である。
これは他人事なので、当然それを見ているあなたには何の関係もない。何の関係もないからあなたの人生を少しも良くしない。
そればかりか、「ニュース」はあなたの有限で貴重な「時間」と「意識」というリソースを、「それを探すこと、見ること、感想を思い浮かべること」に使わせる。
「時間」と「意識」は無限に使えるリソースではない
労働者である以上、「時間」は最低8時間を労働時間として使い、さらにそれ以上の時間で労働の準備や労働スキルの向上に「意識を向ける」ことになる。
労働をしなくていい資本家でない限り、自由に使える「時間」、自由な事柄に向けていい「意識」は非常に制限される。
まさか、労働時間で別のことに時間を使ってサボったり、職場にいても仕事のことに意識を使っていない状態が許されるはずもない。
労働者の時間と脳みそが労働から完全に解放される時間など、ごくごくわずかしか残っていないのである。
「時間」と「意識」を使うべきことはたくさんある
そんな労働者がほとんど持ち合わせていない、自由に使える「時間」、自由な事柄に向けていい「意識」を使わなければならない事柄はたくさんある。
それらはざっくり言えば、「自分の人生をより良くすためにすること」である。
これは刹那的な快楽で今日の労働と明日の労働のスキマ時間を潰すことではない。「youtubeで動物の動画を観て癒された」、「なんかテレビで刺激的なニュースを見て感情が動いた」といった、刹那的な快楽をいくら得ても自分の人生は何にも変わらない。良くならない。
運が良ければ今日と同じような明日が来るだけ。
そうでなければ今日より絶望的な明日が待っているだろう。
「自分の人生をより良くすためにすること」に「時間」と「意識」を使うということは、どういう人生であれば自分が幸せになれるのか、そのためには何がどれくらい必要で、今から何をすべきなのかということをよく考え、実際に行動するために計画をすることだ。
「自分の人生をより良くすためにすること」に「時間」と「意識」を使うということの具体例
では取り戻した自分の「時間」と「意識」を使って何をすればいいのか。
例として筆者は、「自分の人生をより良くすためにすること」として、現在は以下の計画の立案、改修、そして実行をしている。
- 資本を貯めて労働から解放されるための資産形成計画
- クビになるなど、労働機会を失った場合に資産を減らさないための計画
- よりマシな労働機会を得るためのスキルアップ計画
- 出産と育児にかかる費用とその捻出計画
- 自分の体を衰えさせないための肉体改造・維持計画
- 外で無駄遣いしないために家での生活を質をあげるための計画
これらを計画すること、実際にやってみること、やってみた結果を持って修正することには、たくさんの「時間」と計画についてじっくり考えるための「意識」が必要になる。
これを捻出するために、労働で失った「時間」と「意識」の残りカスを総動員している。無駄に使えるリソースは一切ないのである。
だから、毎日リソース不足でカツカツな自分は、自分にとっては関係のない情報を摂取することはしないし、そういう情報について思いを馳せることはない。
すべて「どうでもいい」のである。
「他の誰かがやったことに一喜一憂する」ようなリソースの無駄遣いは、すべての準備が整ってからでいい。
その時がいつ来るのかはわからないけど。。